2008年5月4日日曜日

三条会 ひかりごけ

03/05/2008 マチネ

新宿から2時間半、黒磯の駅から送迎バスでさらに25分、A.C.O.A.のアトリエにお邪魔した。こんな物好きはそうそういないかと思っていたら、マイクロバスの中には10人強の客が乗り合わせて、なかなか賑やかである。

念願の三条会の「ひかりごけ」初見。もうひとつは、首都圏から3時間離れた場所にあって、A.C.O.A.が一体どんな小屋なのか覗きに来たかったこと。動機としては十分。

小屋主曰く「廃屋」を改造した、平屋のスペースで、上手そで、窓の向こうには道の向こうの二階家のベランダに干してある洗濯物が見える。客入れ 中、あるいはせりふの合間に鶯が鳴く。雰囲気悪くない、でも、役者やってたらなんとなく意識が拡散してやらしいな、と感じそうな小屋だ。

ここのところ三条会にはまっていて、一体何がこんなに面白いのか、ということをずっと考えてるのだが、他の芝居を観ていて、
「三条会の役者は、一見過剰に目を見開いたりいいお声だったり瞬きしなかったり汗かいたりするんだけど、それって、過剰なものを見せようというんじゃなくて、むしろ、余計なことをさせない、ってことなんじゃないか」
と思い始めた。みなが「マスクをかぶっている」感じ。それを確かめたかった。

それは、今回ある程度確認できた気はする。が、でも、観ていると、結構微妙に表情変えてたり、声色も使うんだな。そういうのを逐一チェックするのがまた面白い。

「ひかりごけ」という点で言うと、元の戯曲にさらにフレームを嵌めて、観客から観た遠近感をいじってみせる手法が面白い。

後半の裁判シーンの「この裁判の権威を覆そうとしているんだろう」という検事のせりふのあたりで、戯曲に書かれた虚構の世界と役者の「ごっこ」と 観客が身を置く劇場というフレームの境目が、へその穴の奥の膜のようにすごく湿った感じでうすーくなっているのに気がついて、はっとする。

4度、5度観てきて、三条会の芝居への僕なりの距離は取れてきた。次は、いかにして自分の妄想スイッチに点火・噴射するかである。

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