2007年9月15日土曜日

鵺の会 怪談小幡小平次

14/09/2007 ソワレ

初見。ちなみに、小幡だが、おばたとは読みません。こはだ、みたいに呼んでました。

変な芝居だった。最初から最後まで変な芝居だった。戯曲が大正時代のものだというので、おじさん劇団かと思って行ったらさにあらず、演出も役者もみな若かった。

妙に突き出た花道。妙に縛られて見える役者の動き。抑揚を殺したいいお声の台詞。「SCOTみたいでしょ」という方もいたが、僕はSCOT観た事 ないので分からない。どちらかというと、縛って縛って、とことん縛ってそこから漏れてくるノイズを浮き立たせるという意味では、何だか転位21みたいだ なぁと思って見ていた。でも、見た目は明らかに転位ではない。台詞の飛ばし方も違う。

物語は当パンに全部洗いざらい書いてあるのだから、物語を追う必要も無く、あとは役者をずっと観ていれば良い。暗い色の和服が、顔と手と足袋以外 をすっぽり覆ってしまって、否が応でも顔と手と足袋に目が行く。役者、表情を動かさないので、手と足に目が行く。指が長いぞ。あるいは、和服の背を通して 背中の筋肉がプルプルしているのが分かる。役者が派手に動かずとも、飽きずに観ていることができるのだ。
女形の動きも変だ。物語をなぞれば女の怖さとか何とかなってしまうところを、そういう説明を物語りに任せてしまって、どこか他のところに居る。それが却って怖い。

書家の手になる、「能舞台の変形」の舞台も、この何だか分かんない芝居に趣を加える。物語は物語に任せて、舞台は削りたいだけ削る、そうして残さ れたのが花道、という趣向に見える。だから、花道は「客席に突き出て」はいない。両側に広がる舞台を削っていったら偶々こんな形になったのだ。

削りきったところから観客の想像力を喚起する、というのは、現代口語演劇黎明期によく使われた紋切り型だけれど、実はこういう削り方もあると思い知った。自分ではこういう芝居はしないだろうけれど、次の一歩も是非観てみたい、そういう芝居でした。

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