2016年9月18日日曜日

Mark Thomas: The Red Shed (Edinburgh Festival Fringe 2016)

25/08/2016 13:15 @Traverse 1

Mark Thomasは、左翼アクティヴィスト芸人として英国では一目置かれる存在らしく、昔はチャンネル4で番組を持っていたこともあるらしい。強面50歳、前日Roundaboutで別の若手の芝居を観ていたときに、最前列に座ってやたらニコニコしながら観ていらしたのが、はたから見ていると怖いじゃないですか、という感じの方である(実際、上演中に途中退出する観客に向かって、一旦上演止めて、「出ていくのは構わないけれど、ひそひそ話は止めろ」とお説教されていて、それはそれは怖かったです)。

かたやこの公演のタイトルにもなっているThe Red Shedというのは、彼が30年以上前、大学に入学したばかりの頃に足を踏み入れ、その後も交流を続けている、労働党仲間の集うクラブのことで、この芝居は、Thomasがこのクラブやその頃の活動(炭鉱ストライキの支援を含む)にまつわる美しい思い出を語ろうとして、いや、ちょっと待てよ、その美しい思い出は、実は彼自身が脳内で創り出した勘違い、あるいは嘘の記憶なのではないかという思いに襲われたところから始まる。この芝居は、彼の記憶の正誤を確かめるために、30年来のアクティヴィスト仲間や、友人や、当時炭鉱ストライキに関わっていた様々な人々の記憶をたぐり、訪ねながら、ロードムービー的に、そして、Thomas自身が自分が語ったばかりの物語の正当性を疑い、美しい思い出の虚偽を自分で暴いてしまうのかも知れない、という、一種入れ子構造を持った物語として、進行する。

一人芝居なのだけれど、客入れ前に観客6人に声を掛けて、上演中ずっと舞台上に座ってもらっている。観客はThomasの指示に従って、各々持たされているお面をつけて、友人や道々出会う人々に扮することになる。それは、スピーカーから流れてくる実際のインタビュー時の録音とあいまって、すごくゆるーい感じに劇場の場を作っていくと同時に、観客の一部を自分の記憶の再生に取り込んで、自分と観客の記憶をリンク・攪拌する触媒のような効果を持っていたように思われる。

Mark Thomas(今年で50歳)が、実際に、炭鉱ストライキのピケに参加していたということはとても重要で、Billy ElliotやThe PrideやBrassed Offといった、映画でしか見られないような80年代英国の炭鉱ストライキが、実際にあったこと、そして、今目の前に居るMark Thomasの人生に実際に繋がるものとして実在したんだと思うと、彼の記憶は、僕にとっても重い。何故なら、僕が英国映画を観る上で前提にしてきたコンテクストが、自分の目の前の生き証人によって書き換えられる / 上書きされているのだから。
会場内をふと見回すと、「おれっちも炭鉱で働いてたよ」っていう人たちが多数観に来ている様子で、そうした観客達にとってMark Thomasの言葉は一層重たいはずだ。
そうして、彼の語る美しい思い出は、彼だけの中に刻みこまれたり生成されたりするのではなくて、Traverseの会場内のいろんな人の記憶を攪拌・生成・上書きしていく装置となる。
語りは、記憶の生成・攪拌・上書きの装置である!ってことを、今さらのように。

Solidarity forever, solidarity forever...
と唱和する観客の中には、本当に、70−80年代に自分声として歌っていた人もいようし、
筆者は、小学校の時分に、学校の朝礼でこの歌をクラスで歌わせた先生、日教組よりもさらに左の人で、そこら辺に関しては、Mark Thomasばりに厳しかった先生のことを思い出したりしたのだ。
そぉーらにはおぉひさあまあ、あーしもとにちきゅーうぅ...

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