2009年3月30日月曜日

日仏イラン合作 ユートピア?

23/03/2009 ソワレ

初日。

フランス・イラン・日本、3つの国の作家・演出家が集まって、お互いに最上級の敬意を払いながら作り上げたに違いないと思わせる、上質の芝居。メタ演劇、というと、どうも頭でっかちな、後で「あれってどーゆー意味なんだか、説明して下さいよぉ」見たいな方に流れがちなのだけれど、そうならなかったのは、3人の「メタ演劇」に対する意識に浮ついたところがないこと、それとやはり、お互いのパートに対して敬意を持って取り組んでいること、が大きいのではないかと思う。

そして、芝居がそれ自体として非常にポリティカルなメディアであることの再認識と、そのはかなさ、せつなさ、それゆえの愛らしさを、僕は、共有できた気がした。昨年のシンポジウムで、演劇が政治的であることとはどういうことか、という話を平田・宮沢・岡田の3氏でしていたときのフラストに対する、1つの回答のように感じられる。

「超話題作」みたいなインパクトのある、はったりを利かせた作品ではないのだけれど、(それゆえ、爆発的な評価を得ることは無いかもしれないが)、素晴らしい作品である。

僕自身、銀行員としてイランに出張した経験があって(これ、自慢です)、イランには思い入れ強いんだけれど、うん、満喫しました。

<以下、ネタバレです>


プロローグ シルヴァンによる前口舌。饒舌に、ユーモアをもって。理屈っぽくなく、くどくなく、でも、思いっきりポリティカルに。
第1部 平田オリザの口語演劇、3ヶ国語混在でも地力発揮。ここまでで休憩。平田に面白かった旨伝えたら、「後半はもっと面白くなる」由。
第2部 アミールの舞台裏バージョン。これがまた、よーく表舞台を意識して、かつ、楽屋落ちにならずに、しっかりとリアリティに足をつけながら進む。日本人・イラン人・フランス人の「変さ加減」が良い。
エピローグ うん? と思う。こういう落とし方かい?と思う。でも、きれいに落ちなくて良いんです。ぐだぐだだけれども、態度として成立していれば。
ガスマスクのうだうだ踊りの中に過去上演された演劇の記憶が昇華されて、今日見たこと、あったこと、きっと跡形も残らないだろう。そういう、脆弱ですぐに揮発して失せるメディアとしての演劇を、こうして、今、目の当たりにすることの幸せを、つくづく感じたことである。

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