2010年3月25日木曜日

中野成樹+フランケンズ スピードの中身

20/03/2010

素晴らしいの一言。技量、熱意、着意、どれをとっても一級品。声高でなく、でも自信に満ちて、押しつけではなく、でも熱量がこちらに伝わってくる。国宝級の職人技をばっちり鑑賞させていただいた様な、本当に贅沢な時間を堪能。

芝居が始まって、この、どこと特定し難い時空と「不条理劇」と呼んでも良いようなシチュエーション、ちょっと懐かしい気がした。1989年3月、青年団の「海神」。7人の登場人物 - やり投げの選手やアテネや風神やその他神々ともそうでないとも取れる者たち ー が、コーヒーメーカーややり投げや海流や戦争について語る芝居。本当に分からない芝居だったけれど、そういえば当時の平田オリザは「難しいことは悪いことではないと信じている」という、一種開き直りともとれる文章を当日パンフに書いたのを覚えている。今回、終演後中野氏の当パン挨拶読んだら、「わかりづらくてもいいじゃないか」。この気合い、素晴らしい。

こういう気合いに満ちた芝居が、屁難しさの中で自閉するのではなく、きっちりエンターテイニングに完成度高く観客に示されることを、素直に観客の一人として慶びたい。

まず、テクストの強度。小生不勉強でブレヒトの原作読んだことないから、どこまでがオリジナルでどこからが石神氏・中野氏・現場の役者による追加・変更なのか知る由もないが、この上演台本がかなり「すごい」ことは間違いない。なんだか社会主義チックな会議の場、絶えず抽象的な屁理屈が散りばめられながら、行き先は「生死の境界」という極めて具体的かつ白黒はっきりさせなければならない話題。その場その場の個別の具体性が抽象を裏切りながら場面が進行し、ぐいぐいとどこへでもない場所へと引き込まれた。

勿論それを体現する役者も良し。フランケンズの役者がみんな達者であることは疑うべくもないけれど、「公衆に対して絶えず開かれた、なんだかテレビの討論会のような場所」に適度な筋力で立って、がっちり世界を支えていた。

場所。航空発祥記念館と芝居本体のバランス良し。「Zoo Zoo Scene」では動物園の面白さが勝って、芝居は淡泊な味わいがどうしても拭えなかったのだけれど、今回は場所が芝居をじゃませず、かつ、なんだかわからないスパイスを与えて、面白い。前半、村上聡一氏の「飛んでました」「落ちました」の台詞にあわせて、窓の外、村上氏のはるか向こうを、まだ日が落ちていない空と草木をバックに紙飛行機が飛んで、落ちた。フィクションと現実が僕(観客)の脳内で小さくスパークした瞬間。

一つ一つの要素がいちいち気が利いていて、でも、それが、「一点豪華」でも「なんだか気の利いたことを思いついたつもり?」でもなく、それぞれがまるで「必然」のごとくにガッチリ組合わさっていた。こういう芝居がみられるのは、本当、幸せな経験だ。中フラの皆様に多謝、多謝。

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