2010年3月21日日曜日

ままごと スイングバイ

19/03/2010 ソワレ

とても面白かった。チケット完売になって全くおかしくない出来で、誰にでも薦められる。大胆な発想・構成と、細部までの細やかな視点が共存して、ケチのつけよう無し。
存じ上げている役者、好きな役者、沢山出演していたけれど、やっぱり一番うれしかったのは、板倉チヒロさんがとても良かったことかな。常日頃すっごくいい役者だとは思っていたものの、「よし、これだ!」と思える作品で拝見したことなかったので。

それにしても、この、全編を通して漂う「ポジティブな感じ」はいったい何なんだろうと考えた。「あゆみ」も「わが星」も今回の「スイングバイ」も。人間生まれて死ぬ。ただ単にそれにポジティブだと「人生って美しい!命のカガヤキ!」みたいな「美しい人間賛歌」になってしまうのだけれど、必ずしもそういう意味ではなくて。

どちらかというと、死んだ者たちが必ずしもカタチにならないにせよ何かしら現世に残していく痕跡に対する、アプリオリな、ほぼナイーブといって良いほどの「信頼」の様なものを感じている。「あゆみ」では、一人が倒れようともその後に続くあゆみーずが歩みを続けていくことへの信頼感、「わが星」では、星が生まれて死んで、でもそれは必ず誰かによって見守られているという信頼感、また、死んだ星の塵からまた新たな星が生まれることへの根拠のない確信。「スイングバイ」はまさにタイトルの通りで、次々に「文字通り」引き継がれるカバン、書類、仕事。それらを引き渡した後は、「スイングバイ」により新たな方向へ加速度をもって進んでいく。途上で倒れても、カバン・書類・仕事は引き継がれてきたし、今後もきっと誰かに引き継がれていくという信頼感。自分のしていることはきっと誰かが見守っている、そして、それはどこへも消え去らずに、(たとえそれが未整理の倉庫であっても)積み重なる歴史の高層建築の中で一枚の薄い化石のように残るのだという根拠なき確信。

悪意のある言い方をすれば、そういった信頼や確信は、美しいかもしれないけれど、現実には起こり難いのではないかと言うことも可能だ。もちろん、こういう美しいものは、特に柴幸男のような力のある作・演出の手に掛かると、細部まできっちりと糊代が処理されて、「ノレる」芝居にできあがる。だから、泣ける。一方でそれを「危ない」と感じる人もいるだろう。「ウソかもしれないけど、少なくとも美しいじゃん?」という釣り言葉は、70年前の日本のことを考えると確かに危ない。

が、2006年の「美しい国」のスローガンには少なくとも日本は「ノラ」なかったわけだし(もちろん、押し出しの巧拙は較べるべくもないけれど)、柴氏はきっとそんなこと考えて芝居作っているわけではないので、ひょっとするとそれは「作劇術」の一環でしかないのかもしれない。

作劇術のコンテクストで語るとすれば、「スイングバイ」のように、時間と空間に明確なベクトルを与えて「フレームに破綻はない」という安心感を与える方法は、最近の松井周の作劇と対照することができると思う。

「スイングバイ」は、「柴のフレームに破綻はない」ことへの安心感があるから、どんなに時間・シチュエーションが小刻みに飛んでも、観客は不安にならない。観客は、いずれはすべてが300万年前から未来永劫へと延びるエレベーターの流れに回収されるのだという前提で観ていることができるから。

一方で、松井の、たとえば「あの人の世界」は、時空をとばすようなことがないにも関わらず、そして、演技はいわゆる「現代口語演劇」であるにもかかわらず、空間がどこに続いていくのか、時間がどこへ向かって流れるのか、観客は決め手を欠くままその場に放置される。その不安さ、居心地の悪さ、気持ち悪さ。劇中人物に「ボールが地面に落ちたらその時点でこの世界はお終い」と言わせてしまう、未来への悪意といっても良いような振る舞い。

もちろん良し悪しではない。僕は、正直言ってどちらも好きです。個人的に「スイングバイ」で示された世界観は共有していないけれど。が、まずもって、芝居に示された世界観と柴氏の、あるいはプロダクションのメンバーの世界観が一致する必要はないし、そもそもそれは「数ある世界観のうちの一つ」でしかない。

それを前提とした上で、今回の「スイングバイ」で「あえて」曖昧なものとなった「退出時、なぜ小梁はエレベーターを上に昇るのか」「秀三郎はなぜそこにい続けられるのか」、のその先を柴氏が今後描いていくのかに興味がある。それは、「あゆみ」のレーンの外、暗い部分では何が起きているのか、「わが星」の舞台の周りの暗闇や床下では何が起きているのか、ということでもある。そういう部分に今後光が当たるのか当たらないのか。それは今後繰り広げられるままごとの中で、切り捨てられるものなのか掬い上げられるものなのか。

いずれにせよ、本当に目が離せない、ということは断言します。

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