02/02/2008 ソワレ
力強い舞台、というのはこういうものを指して言うのかなぁ、と思いながら観ていた。
38歳無職引きこもり、金には不自由せず、という人間を巡って、セロ引きのゴーシュと岡田利規いうところの歴史の一番の先端とさだまさしライブが渾然一体となって物語を形作る。
実は、この「物語」を飽きずに見れた一つの大きな要因は、この芝居が北九州弁で綴られていることで、それなら任せろ、なんせ小生の弟は主宰の泊氏と同じ高校、歳は二つ違い。かどつかさ高校にもおおさと高校にも僕の小学校の時の友達は山ほど行っている。
もう1つは、38歳という年齢設定かな。僕が入っていきやすい年齢。かつ、「あの時こういう展開になっていたら」という自分史のればたらが、かなり自分として移入しやすいものではあった。
更に挙げるとすると、おそらくアゴラで初めて見た回転舞台。こんな大掛かりな舞台の仕掛けは、代引真という舞台監督がいた昔の青年団ではよく観たけれど、最近はご無沙汰していたもの。
という、3つの要因があったとしても、だ。引き込まれたなぁ。
なぜか、「たまねぎ!」の台詞をきっかけに涙がでてきて止まらなくなった。
なぜ「たまねぎ」だったのか、それは、今思い返しても全く説明がつかず、ひょっとするとその「たまねぎ」という言葉が刺激臭となりかわって僕の眼に飛び込み、どうにも生理的現象としてしか説明の仕様が無い涙を引き起こしたのかもしれないが、
とにかく、「たまねぎ」だった。
地に足の着いた、嫌味のない、周りも全部見えている上でこういう芝居に立ち位置を見出すスタンスがすばらしい。
ひょっとしたら「ありきたり」な話なのかもしれない。でも、数あるこういうありきたりの話の中で、セロ引きのゴーシュの詩と「歴史の一突端」としての自分とさだまさしライブを一緒に押し出せる芝居って、そんなには無いとも思う。
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