2007年1月21日日曜日

うさぎ庵 左手の恋

生身のクロスオーバーイレブン。

「左手の恋」を上のように評することは、別に、褒めても貶してもいない。ただ、まずは、「どんな印象だったか」をできるだけ簡潔に語ろうとした結果です。

大崎さんはいつお会いしても大変綺麗なので、客として見ていても、照れる。そして、昔見た大崎さんのブルマ姿を思い出して、また、照れる(ああ、胸騒ぎの放課後、本当に素晴らしい芝居だったなぁ。という意味です。ブルマだからというわけでは、全く無いので誤解なきよう)。

水下さんもカッコいい。でも、僕の一番好きな水下さんは、タイニイアリスでのケニー君です。

こんな素晴らしい役者2人を使っちゃって、工藤千夏は、本当に贅沢で、恵まれている、と思う。

で、この2人に達者なピアニストまでついて、
芝居50と音楽50。50×50=2500 になっているかといえば、必ずしもそうでない。
それでは、50+50=100 になっているかといえば、そうでもない。
むしろ、異質なもの同士の糊代が(あるいは貝柱のようなねとっとした存在が)集中を邪魔してしまう。

音楽と芝居(語りあるいは会話)の関係って、僕にとっては難しくって、
オペラ / ミュージカル / 劇中歌 / MC
等々あるのだろうが、僕は、劇中歌(それも、「登場人物として、他の登場人物に聞かせるケースに限る」)とMCしか受け入れられないんではないかと思っています。もちろん、MCの素晴らしいショー・パフォーマンスは、エンターテインメントではあっても芝居ではないし。

クロスオーバーイレブンは、何のかんの言って音楽に軸足を置いていたので、津嘉山正種の語りは、「聞き逃していい」場面がありえた。でも、生身でこれをやると、客は、「聞き逃し」ません。逆に、芝居にも集中できず、この、逃げ場の無さは、ちょっとつらかった。

逆に、割り切って上質のエンターテインメントを目指すのであればそれはまた別の話だけれど...

石川淳よ、新劇とは縁を切れ、と唐十郎は言った。
千夏っちゃんよ。音楽とは縁を切れ(もちろん、舞台では、という意味)。1時間半、言葉と俳優の身体だけにフォーカスしても、いいものは出来る。はず。

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