16/04/2010 ソワレ
深海魚初日。
60分、あっという間に過ぎた。退屈せず。どちらかと言えば「もっと続けてくれ!」とさえも思う。
時間の流れ方が、一つのゴールに向かっていない感じ。無理矢理絵にたとえていうと、全体のサイズや構図を決めてから絵を描くのではなくて、一点を決めた後、平面の充実を保ちながらじりじりと絵を広げていった感じ。それがキャンバスの大きさに収まらなければ継ぎ足せばよし、予想外に小さくまとまってしまったのならそのまま提示しよう、ということか。
ダンスと演劇の両側から攻めるという「ジャンルを超えた試み」的な見方よりもむしろ、僕には「二人の演出家による共同作業」という感じの方が強く印象に残った。舞台芸術を、演出家のエゴ(あるいは主張)を核に置いて、それを起点として一本筋を通した上で理解しようとすると、おそらくこの出し物は単に捉えどころのない焦点のボケたものになってしまうだろう。
あっちに行ったりこっちを向いたりしつつ、時空を常に充実させながら時間を進めていく作業は、とっても骨が折れる。創り手も骨が折れるだろうが、観る側もきっと骨が折れる。だから60分が丁度良い。こういうことが「起きている」ことに対して、ホッとするような、不安になるような、不思議な感じがした。力を入れて観にかかるとはぐらかされる。入場料どぶに捨てたれー、というくらいの気持ちでパーになって観たら、思いもかけない大波に攫われるんじゃないかという期待感はあるのだけれど、何分貧乏性なのでそこまで身を任せられなかったのがちょっと無念。
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