2008年10月19日日曜日

「現在から見た60年代演劇」

17/10/2008

早稲田大学演劇博物館グローバルCOEの「国際研究集会・60年代演劇再考」の初日。平田オリザ・宮沢章夫・岡田利規の3人によるパネルディスカッション。

当代人気の劇作家3人を集めてのパネルディスカッションということで、会場は超満員、通路の補助席も埋まりきって、入りきれない方々はホールのモニターで見ていた由。

「現在から見た60年代演劇」なのだから、上記3人が定義する60年代演劇とは何か、それが彼らの劇作・演出にどう影響しているのかしていないのか、その3人の問題意識に共通するものはあるのかないのか、という話が進むことになるのかと思っていたら、さにあらず。

まずは司会者が、自分の思い込みによる紋切り型60年代演劇と紋切り型の「平田芝居」「宮沢芝居」「岡田芝居」を規定して、それらを結びつけ、そ れに対してそれぞれのパネリストがどう考えるかを聞いていくスタイルになった。これでは推進力をもったディスカッションは起こらないだろうし、第一、司会 者の思いには聴衆の105%は興味持ってないよ。なので、このパネルディスカッションは、その始まりから、上手く運ばないことが既に約束されていた。

発言がもっともアグレッシブだったのは平田で、「いかに青年団とアゴラは戦ってきたのか」「なぜ平田は政治や地方公共団体(=体制側のようなも の)に近付く戦術をとるのか」「10年後、20年後は、役者は全員ロボットでよい」等々、ふかすふかす。岡田氏ドン引き、政治には興味ないっすから、みた いな砦に立てこもってしまった。その中で、おそらく3人の中で、最も、全体の会の進行に気を配っていたであろうと思われる宮沢氏が色々軌道修正に繋がりえ る牽制球投げるのだが、これもワークしなかった。まぁ、どれもこれも、パネリストの責任では全くないのだけれど。

話が前に進まなかったのは、議論の立て付けを誤っていたからなので、それについて3人を責めることはできない。むしろ、三者三様の異なった態度を見ることができたこと自体をエンターテイニングだったと考えるべきだろう。

まぁ、しかし、平田が何を言うにせよ、根底にあるのは、
「オレの芝居をもっと沢山の人に観てほしい」
というただ1つの欲望に尽きるのであって、それ以上でも以下でもない。社会への働きかけもヨーロッパばなしもロボットも政治も助成金も、そんなも のは、上記の欲望が満たされる限りにおいて、二の次・三の次だ。そこは岡田氏が言う「90分-120分の時空を創り上げて、観客にそこで過ごしてもらうこ とにしか興味がない」態度と100%同義だと、僕は信じる。

だから、「芝居が社会に対してどういうインパクトを持ちうるのか」とか、「芝居を道具としてたたかうのだ」とかいうアジテーションが入り込む余地は、本当は、無いはずなのだ。そのことは、どの程度聴衆に伝わっていたのだろうか?

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