2010年6月15日火曜日

SPAC 彼方へ 海の讃歌

12/06/2010 ソワレ

SPAC「テクストもの」三本立ての最後を飾ったのはヘビー級のテクストの洪水、溢れ出るイメージ。クロード・レジの自信と知性と情熱に満ちたアフタートークの発言とも併せ、他の2作品のアーティスト達には若干気の毒ではあるけれど、まさに大トリの貫禄。

フェルナンド・ペソアの詩は、有体にいえば一人の男が波止場に立っていたら海についての妄想がとめどもなく抑えようもなく溢れ出してきて、ってことなんだけど、レジ氏、テクストにテクストが本来考えていたかもしれない「意味を伝えてOK」みたいなことで済まして仕事をサボるようなことを決して許さない。思いっきり時間をとって一音一音発語し、ぎりぎり「意味が伝わるところ」まで追い詰めて、文法的には繋がっているんだけど、子音の破裂や摩擦や母音の響きや、そういうところまでこれでもかとすっかり解体してしまう直前の寸止めのところで空間に解き放って、それが楕円堂の中を渦巻いていく様といったら。

言葉は意味の奴隷ではなくて、イメージであり、音であり、空気の震えであり、喚起するものであり、それ自体が快楽となる音楽であり、それら全てに触れたときに観客に生じるもの。そして演劇はテクストの奴隷ではなくて、舞台であり劇場であり照明であり身体であり音であり観客の固唾を呑む音である。すごい熱量で納得させられる。

オーネットコールマンがソロでアルトを吹きまくってるのを聞いたときに、彼の脳味噌の中身が音に形を変えてアルトサックスの朝顔の先からだだ漏れに、トグロを巻きながらホールの中に溢れ出ていくのを目撃したのだが、今回はテクストが役者の全身からトグロを巻いてゆっくりとはばたいて空間を満たすのを目撃したのである。稀有なり。快楽なり。SPAC、すげえ。レジ、すげえ。年をとっても大丈夫である可能性はある。と、少し思った。

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