2015年8月12日水曜日

A Number

08/08/2015 @Young Vic

このテの「対話劇」になると、英国演劇は途端に真価を発揮するなー、とつくづく思った父子の二人芝居。
Young Vicには痛い目に遭いっぱなしだったが、この芝居で評価急上昇である。

まずはチケット。郵送されてくるはずが前日になっても届かず、たまらず電話したら、「今回は郵送しないことにしました」とのこと。
恥ずかしながら、その事情が上手く聞き取れなくて、まあいいや、ともかく劇場で受け取りね、と思っていったら、
劇場でチケット受け取って納得。チケットには、公演名とか日時とか書いてなくて、ただ、数字が書いてある。"A Number"が書いてあるって訳ね。
こりゃ一本とられました。
と思いながら開場時間になるのだが、割り振られた番号によって入場ゲートが異なるのである。僕の番号は、「一旦劇場の外に回って~入場して下さい」とのこと。

特設客席(どんな風に特設なのかは芝居が終わるまで分からない)に入っていくと、客席と舞台を隔てているのは横開きのブラインドカーテンで、その向こうは見えない構造。
一体どうなるのかなー、と思っていると、開演時間にブラインドが開いて、その向こうにはなんと観客席が!なーんだ、そういうことか、はさみ客席か、と思うと、何と向かい側には自分が座ってる!客席に知人が一切居ないので自分を見つけるまで気がつかないのだが、ブラインドの向こうには、「鏡」があるわけです。えっ?と思うと、
マジックミラーが展開して、鏡がガラスになる。その中は四角い鏡張りの部屋になっていて、父と子がいる、という寸法。
四面鏡張りなので、すなわち、四面合わせ鏡、である。むこーーーーの方までその父子がずーっと映っている。夜中にやってはいけない。ダブルで危険である。
声はマイクで拾っているようだが、若干くぐもって聞こえるのは仕方がない。ガラス越しだし。

と、ここまで頑張っている時点で、この芝居、面白いんだろうな、と思う。思わせる。そして実際面白かった。
題材はクローンの息子を何十人も作ってしまった父親と、30半ばにしてそれを知ってしまった息子の会話。実は途中で別の息子が出てきたりするのだが、なにぶんクローンなので(かつ当然ながら一人の人が演じてるので)見分けがつかない。そこは演技の使い分けで分かって下さいね、ということなのだろうが、すんません、正直言って途中まで相当分かってなかったです。こんがらがりました。相当。
まぁ、結末聞いて、あぁ、そういうことだったんだね、とは思うけれど。非ネイティブの哀しさである。
ただし、二人芝居でプロップもほとんどなく、鏡張り舞台なので、台詞と演技のガチンコ勝負。これに耐えられる戯曲と役者は強い。本当に強かった。堪能した。

で、まあ、芝居終わってカーテンコールになると、何と四面にご挨拶。ということは、鏡の四面の向こうにそれぞれ客席が組んであると言うことなのだろう。ふむふむ。それも面白い。

お父さん役の、「勝手な父親」「謝りつつ、過去の過ちを後悔しつつ、やっぱり身勝手な父親」がどうにもマイケル・ケインとかマイケル・ガンボンぽいなとおもってたら、何と初演は2002年、マイケル・ガンボンとダニエル・クレイグだったのね。納得。あ、こういう無責任な父親と息子の芝居、日本でやるなら、志賀廣太郎さんの父に大竹直さんの息子で観たいなーと思った次第。

2 件のコメント:

千夏 さんのコメント...

拝読して観たいなぁと思い、そして、あれ? これ、観たことあると、日本での上演を思い出しました。十年くらい前に、tptで小林勝也、手塚とおるで上演してます。キャリル・チャーチルですよね? 『クラウド9』が大好きなので、追っかけて観たはず。日本語でも難解だった記憶が。四方囲みだったような気がするけど、鏡はどうだったかな? 使っていなかったような……。

Homer Price さんのコメント...

そう、キャリル・チャーチルです。
余計な説明がないぶん、引き締まった芝居になってるんだけど、ロストするリスクもある、って感じですね。
こういう削り込み方はUKの芝居には珍しいかも。
あんまり削り込むと、先日のHangのように、個別のことが見えなくなって抽象一般論芝居になっちゃうのだけれど、
そこのところで、この芝居は個別のエピソードの使い方がとても上手いな、と思います。