19/02/2011 ソワレ
イオネスコの「椅子」、小生勉強不足にて読んだことも観たこともなく、今回初見。
それが「椅子」を理解する上で役に立つか立たないかはぽいっと脇に置いといて、たっぷり杉原邦生の芝居を満喫した。
もちろん岩下徹さんは当代第一流のパフォーマーだし、山崎皓司クンはすっげー良い役者だし、何といっても、「役者をハードウェアとして扱ってみせる」のが得意の杉原演出で、この二人が「出たがり邦生」と合わさってどう活きるかが最大の楽しみではあったのだが。
<以下、ネタバレあり>
まさか観客まで「芝居のハードウェア」として取り扱ってしまうとは、なんという。
冒頭の岩下・細見コンビの演技の何ともいえぬ「表層っぽさ」が気にはなっていたのだ。二人してハードウェアとして取り扱われることをかなり全面的に受け入れているっぽい様子が、怪しかったのだ。そして、キターッ!出たがり邦生の登場とともにショーの始まり。
岩下・細見に与えられていたのは邦生ワールドに観客を取り込む装置としての役割で、観客がどう動こうとも「椅子」の構造を壊さないよう、そのフレームの部分をひたすら踏み固めていくという、ストイックにして報酬の定かでない、きっついお仕事なのである。その仕事を、チャーミングに、余計な意味をつけず、しかもきっちりと、悲劇にも喜劇にも持っていかずに最後まで持って行くお二人の力たるや恐るべし。
そして思ったのは、「プレミアムシート」に呼ばれた観客が「ハードウェア」としての機能を全うしていた様である。小生も実はかなり早い段階で「プレミアムシート」にお呼ばれしたのだが、途中、何度か、「ウケていた」ようなのだ。何がウケていたかは全く見えないし、それは自らは分からない。観客参加型の暖かさもなく、要は、「邦生にヤラれた!」という感覚のみ。それを観て舞台袖から声を挙げて笑っていた杉原邦生は、(みなさまご存知の通り、とっても)悪い人です。
要は、この「観客参加」は、観客参加型演劇でも、客いじりでもなく、要は「演出家杉原邦生をエンターテインする」目的に対して100%合理的な演出であるということで、その「邦生ワールド」に居あわせるという体験の刺激が、この作品の前半・中盤のキモだろう。
そして、ラストに出てくる山崎皓司には、やっぱり息を呑んでしまった。「椅子」を不条理劇・悲喜劇のフレームに収まらせず、「フィジカル万歳、100%ポジティブ全開、世界全肯定!!」のところまで強引に突破していこうという乱暴な(格好良く言うと暴力的な、だけど、まぁ、こりゃ、ただの乱暴だろう)加速度が全開で、そうだよ、そこに邦生芝居の魅力があるのだよ、と、もうこれは120%身びいきに近いのだが。
このバージョンに変えてから、(金曜日の時点で)まだ3日目、ということで、整理ついてない所もまだまだ合ったとは思うけれど、これから先、洗練が加速度を殺さないことを願う。14歳の国、青春60デモ、文化祭と、彼の「何をどう使って何を見せるか」にはさんざ付き合って来たつもりだったのだけれど、まだまだもっと彼のキャパシティは大きかった、ってことか。
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