28/05/2008 ソワレ
初日。大入り。何よりである。いきなり横田修の開演前挨拶で反則技炸裂。すっかり舞台を持っていく。本心で言うが、横田氏は客入れ・客出し、止めたほうが良い。役者がかわいそうだ。もちろん、毎度楽しみではあるのだけれど、マジで、芝居から気がそれるよ。
とはいうものの、良い芝居を楽しむことが出来て、小生ご満悦。開演前「いつもと趣が違うので心配だ」とのコメントだったが、確かに「フォーマット」に若干の違いはあってもいつもながらのタテヨコの芝居だ。
三方囲み舞台にした森の中、という設定。チップを敷き詰めた舞台、良し。濱崎賢二、良い仕事である。天井に枝・葉を垂らしてくらーい雰囲気なのだが、こういうときには駅前のタッパのなさがちょっとだけ惜しい。あと50cm(いや、1m?)だけ高ければ、もっと印象違うはず。照明も、役者の顔が見えにくい・見えるのギリギリのところで、あぁ、苦労したに違いない、と思う。結果、(タテヨコの役者の暑苦しさを考慮すると)これくらい表情読み取るのに苦労するくらいが丁度良い気がした。
「みはる」を演じた召田実子は、むかーし芝居を一緒にしてた広瀬由美子という役者になんだか雰囲気が似ていて、まずそれだけで見入ってしまう。舘智子さん、相変わらず美しい。
が、女優だけ観に行っているのではなくて、やはり、タテヨコの芝居で見入ってしまうのは、横田修の「根底にある人のよさ=世の中、みんな根は良い人だ、という根拠のない前提(少なくとも舞台の上では)」と、それに乗っかってリラックスした演技をする役者達、の関係かな。このリラックスした感じは、押し付けようと思って押し付けられるものではない。
従って、横田氏の懸念はほぼ無用と見る。が、気になったことといえば、終演後、
「いい芝居だった」 と言おうとして、
「いいハナシだった」 と言ってしまったことか。
そういえば、いつもにもまして、物語で引っ張る割合が大きかったな、と。タテヨコ役者陣だから見方を誤らなかった部分もあったが、そこらへんに本人も危うさを感じていたのだろうか?
2008年5月29日木曜日
2008年5月27日火曜日
toi "あゆみ" 稽古場襲撃
仕事が煮詰まって脳味噌が生雲丹になってしまったため、全てをなげうって職場を脱出。toiの稽古場を急襲。
稽古場に女優10人。+演出+制作+招かれざる客のわし。
「女優10人」と聞いて二の足を踏む、も○きちさんという方もいると聞いたが、それは「いい人中年隊」のメンバーらしからぬ自意識過剰であろう。自意識をなげうって稽古場に向かうべし。
稽古を見学させていただいた印象は、一言でいえば、「気持ちよかった」。
・ 鳥獣戯画のような
・ 伴大納言絵巻のような
・ 手回しオルガンを回す柴幸男の手の動き・スピードの緩急に思わず騙されてしまいそうな
・ 二次元劇団エジプトのような
・ 実はキューっと縛られている役者たちの中から、縛られてこその「個」が立ち上がってくる / 沸きあがって来るのを目の当たりにするような
あ、最後の「個が見えてくる」というのは、実は、多田淳之介の芝居や三条会でも感じることだ。もっというと、青年団の芝居の良さも、実はそこにある。と僕は思う。そういうのを感じる時にこそ、芝居は、楽しい。気持ちよい。
そういう芝居の稽古場は、気持ちよい。いくらいても飽きない。
と、あっという間に稽古が終わって、小生、頭すっきりと家路についた。
稽古場に女優10人。+演出+制作+招かれざる客のわし。
「女優10人」と聞いて二の足を踏む、も○きちさんという方もいると聞いたが、それは「いい人中年隊」のメンバーらしからぬ自意識過剰であろう。自意識をなげうって稽古場に向かうべし。
稽古を見学させていただいた印象は、一言でいえば、「気持ちよかった」。
・ 鳥獣戯画のような
・ 伴大納言絵巻のような
・ 手回しオルガンを回す柴幸男の手の動き・スピードの緩急に思わず騙されてしまいそうな
・ 二次元劇団エジプトのような
・ 実はキューっと縛られている役者たちの中から、縛られてこその「個」が立ち上がってくる / 沸きあがって来るのを目の当たりにするような
あ、最後の「個が見えてくる」というのは、実は、多田淳之介の芝居や三条会でも感じることだ。もっというと、青年団の芝居の良さも、実はそこにある。と僕は思う。そういうのを感じる時にこそ、芝居は、楽しい。気持ちよい。
そういう芝居の稽古場は、気持ちよい。いくらいても飽きない。
と、あっという間に稽古が終わって、小生、頭すっきりと家路についた。
2008年5月25日日曜日
三条会 卒塔婆小町・葵上
25/05/2008 ソワレ
本日プログラムは卒塔婆小町Bプロ、葵上Aプロ。
卒塔婆小町、関氏演じる詩人の言葉は絢爛どころか軽薄で、でもそれは「軽薄に解釈して見せた」のかそもそも三島はミーハーだったのか。そういえば 昔Modeが桜の園をやったとき、(芝居自体は面白くなかったけれど)有薗芳記さんのトロフィーモフが七三分けで真面目クサって台詞言うんだけどそれがい かにも軽薄インテリワナビーな感じで強烈だったのを思い出した。
葵上、スライド投影の青の背景に黒い影が映るところ。榊原氏のスキンヘッドの頭の影が映し出されると、それはそのまんま、「サキ・コロ」のジャケである。そんなことで笑っちゃいかん、とこらえるのに必死。だって、サキ・コロのロリンズが動いたり話したりしてるんだもの。
また、90度左回転の場では、自分の首もおんなじ角度で傾けるべきか、悩む。
どちらの演目でも途中で歌謡曲かかったりするのだが(しかも結構有名な曲のような気もするのだが)、小生の知らない曲ばかり。それでも全然平気な のは、芝居の作り方が1つの読み方・見せ方によりかからないで、ありったけのものを材料として舞台に乗せてあるために、歌謡曲がアイデンティファイできず とも大勢に影響なし、ということになっているのではないかと思う。いたるところでサービス精神旺盛なのである。
どこにどういう方法論があってどうこう、というところまで、未だに見えないのだけれど、少なくとも、僕がサービスしてほしいところ(痒い所)には手が届いていて、両方とも楽しく見させていただいた。
昔の詰まんない芝居とかサキ・コロのジャケとか思い出しながら観てた、ということなので、あんまり筋・性質の良い客じゃないのかもしれませんが。
本日プログラムは卒塔婆小町Bプロ、葵上Aプロ。
卒塔婆小町、関氏演じる詩人の言葉は絢爛どころか軽薄で、でもそれは「軽薄に解釈して見せた」のかそもそも三島はミーハーだったのか。そういえば 昔Modeが桜の園をやったとき、(芝居自体は面白くなかったけれど)有薗芳記さんのトロフィーモフが七三分けで真面目クサって台詞言うんだけどそれがい かにも軽薄インテリワナビーな感じで強烈だったのを思い出した。
葵上、スライド投影の青の背景に黒い影が映るところ。榊原氏のスキンヘッドの頭の影が映し出されると、それはそのまんま、「サキ・コロ」のジャケである。そんなことで笑っちゃいかん、とこらえるのに必死。だって、サキ・コロのロリンズが動いたり話したりしてるんだもの。
また、90度左回転の場では、自分の首もおんなじ角度で傾けるべきか、悩む。
どちらの演目でも途中で歌謡曲かかったりするのだが(しかも結構有名な曲のような気もするのだが)、小生の知らない曲ばかり。それでも全然平気な のは、芝居の作り方が1つの読み方・見せ方によりかからないで、ありったけのものを材料として舞台に乗せてあるために、歌謡曲がアイデンティファイできず とも大勢に影響なし、ということになっているのではないかと思う。いたるところでサービス精神旺盛なのである。
どこにどういう方法論があってどうこう、というところまで、未だに見えないのだけれど、少なくとも、僕がサービスしてほしいところ(痒い所)には手が届いていて、両方とも楽しく見させていただいた。
昔の詰まんない芝居とかサキ・コロのジャケとか思い出しながら観てた、ということなので、あんまり筋・性質の良い客じゃないのかもしれませんが。
Mrs. fictions She is beyond Good and Evil
25/05/2008 マチネ
80年代後半、自分と同年代やあるいは年上の人たちがやってるこのテの芝居を、人間関係とか、友人の「面白いよ」という言葉に引っ張られて観に行って、かなりマジで怒ってたことを思い出す。思い出してみると、自分は昔からかなりレンジの狭い、心も狭い、了見も狭い観客だったというのがよ~く分かる。
おそらくは自分より一回り半は若い人たちが、こういう芝居をしているのに出くわすと、
①やっぱり怒る
②説教モードに入る
③「若気のいたりよのぉ」と悟ったような顔で茶をすする
等と、種々の反応が想定されるのだが、小生の本日の反応は、④そそくさと会場を去った挙句、日記でちくりと書く、などという、誠に男らしくない結果となった。
どうやら1時間半一本の戯曲で通すのは初めてらしいので、今後の精進に期待するとして(ちょっと②が入っている)、やっぱり、芝居の創り手としては、他の芝居をた~くさん観る、血反吐を吐くまで観るってことなんだろう。「自分の言いたいこと、見せたいこと」よりも、「自分だったら何が観たいか」を優先させた時に、レファレンスとなるもの(あるいはその逆で観たくないもの=反面教師)を常に考える必要がある(固まっている必要はない)。
自分の思い・妄想・語りの類を独白で役者に語らせてそれで観客がついてこれるのは、唐十郎だけに許された特権だと、僕は思うですよ。天才でない人には別の道筋を考える必要があって、まずは、自分が観て面白いものを盗んでくる、っていうのが第一歩かと。
80年代後半、自分と同年代やあるいは年上の人たちがやってるこのテの芝居を、人間関係とか、友人の「面白いよ」という言葉に引っ張られて観に行って、かなりマジで怒ってたことを思い出す。思い出してみると、自分は昔からかなりレンジの狭い、心も狭い、了見も狭い観客だったというのがよ~く分かる。
おそらくは自分より一回り半は若い人たちが、こういう芝居をしているのに出くわすと、
①やっぱり怒る
②説教モードに入る
③「若気のいたりよのぉ」と悟ったような顔で茶をすする
等と、種々の反応が想定されるのだが、小生の本日の反応は、④そそくさと会場を去った挙句、日記でちくりと書く、などという、誠に男らしくない結果となった。
どうやら1時間半一本の戯曲で通すのは初めてらしいので、今後の精進に期待するとして(ちょっと②が入っている)、やっぱり、芝居の創り手としては、他の芝居をた~くさん観る、血反吐を吐くまで観るってことなんだろう。「自分の言いたいこと、見せたいこと」よりも、「自分だったら何が観たいか」を優先させた時に、レファレンスとなるもの(あるいはその逆で観たくないもの=反面教師)を常に考える必要がある(固まっている必要はない)。
自分の思い・妄想・語りの類を独白で役者に語らせてそれで観客がついてこれるのは、唐十郎だけに許された特権だと、僕は思うですよ。天才でない人には別の道筋を考える必要があって、まずは、自分が観て面白いものを盗んでくる、っていうのが第一歩かと。
渡辺源四郎商店 ショウジさんの息子
24/05/2008 ソワレ
泣いてよし、泣かずともよし。畑澤芝居の内角高めの豪速球に見事してやられた。
後半に入ってからは客席のあちこちでぐしゅぐしゅと洟をすする音が。聞いている限り、「男」泣き比率高し。客席前方からはなんと大きな音で嗚咽が聞こえてくる(これも男性)。
実年齢79歳の現役俳優(デビューして6年)宮越さんのインパクトは前回の『小泊』から不変。最初の出からして「やられた!」と思わせる。が、今 回の堂々たる4番バッターはささきまことさんで、1時間30分、他の役者さんには申し訳ないが、ささきさんからどうにも目が離せなかった。ドーンとくる、 重量級の、劇場に根をしっかり張った演技に、緩みっぱなしのはずの涙腺も乾いた。
泣きポイントで泣けなかったというのは、
①実は、劇場の他所からハナぐしゅぐしゅがあんまり沢山聴こえてきて、正直、機先を制された感があったから、というのもあるが、
②泣きポイントで宮越さんや工藤さんに移入するべき(?)箇所で、実は、ささきさんから目が離せなくて、彼が何を考えているのか(役柄上&役者として)、どこに視線をやっているのか、そこにばかりこころを奪われていたから、というのも凄く大きい。
この芝居、畑澤氏いうところの「バレバレ伝説」であって、芝居前半で実は後半の展開はほぼバレバレである。でも、それを改めてばらすでもなくあか らさまに観客に隠すでもなく(勿論劇中人物は隠そうとしているんだが)、メロドラマに流れないように最後までこらえてみせる演出の手管と、それをしっかり 支えきってみせたささき氏、本当に素晴しい。
現代口語演劇は「物語」を一旦否定してみせようということから始まったともいえるのだけれど、最早、舞台上に物語があったところで、そこにもたれ かからずに存在してみせることのできる役者がいるのであれば、殊更に物語を否定せずとも充分成立するのだということが良く分かる。なべげん、おそるべし。
泣いてよし、泣かずともよし。畑澤芝居の内角高めの豪速球に見事してやられた。
後半に入ってからは客席のあちこちでぐしゅぐしゅと洟をすする音が。聞いている限り、「男」泣き比率高し。客席前方からはなんと大きな音で嗚咽が聞こえてくる(これも男性)。
実年齢79歳の現役俳優(デビューして6年)宮越さんのインパクトは前回の『小泊』から不変。最初の出からして「やられた!」と思わせる。が、今 回の堂々たる4番バッターはささきまことさんで、1時間30分、他の役者さんには申し訳ないが、ささきさんからどうにも目が離せなかった。ドーンとくる、 重量級の、劇場に根をしっかり張った演技に、緩みっぱなしのはずの涙腺も乾いた。
泣きポイントで泣けなかったというのは、
①実は、劇場の他所からハナぐしゅぐしゅがあんまり沢山聴こえてきて、正直、機先を制された感があったから、というのもあるが、
②泣きポイントで宮越さんや工藤さんに移入するべき(?)箇所で、実は、ささきさんから目が離せなくて、彼が何を考えているのか(役柄上&役者として)、どこに視線をやっているのか、そこにばかりこころを奪われていたから、というのも凄く大きい。
この芝居、畑澤氏いうところの「バレバレ伝説」であって、芝居前半で実は後半の展開はほぼバレバレである。でも、それを改めてばらすでもなくあか らさまに観客に隠すでもなく(勿論劇中人物は隠そうとしているんだが)、メロドラマに流れないように最後までこらえてみせる演出の手管と、それをしっかり 支えきってみせたささき氏、本当に素晴しい。
現代口語演劇は「物語」を一旦否定してみせようということから始まったともいえるのだけれど、最早、舞台上に物語があったところで、そこにもたれ かからずに存在してみせることのできる役者がいるのであれば、殊更に物語を否定せずとも充分成立するのだということが良く分かる。なべげん、おそるべし。
ウォーキング・スタッフ・プロデュース 剃刀
24/05/2008 マチネ
和田憲明演出の芝居未見であること、戦前の戯曲の翻案であること、加納さんが出演していること、その3点が今回の興味。
幕前、ウッドベースの「ジャジーな」雰囲気を強調した音楽が流れて、
「これは、ひょっとすると、オフビートでくら~くてやるせな~い話になりますよ~、というサインなのか」
と、紋切り型の嵐が吹く予感に襲われる。
開演すると案の定の展開で、ポイントとなる台詞が発せられると「こーーん」という、「ハイ、皆さん、ここ、ポイントです」な効果音が流れる分かりやすさ。女優と若い男優の紋切り型にはダメだダメだダメだダメだ(この後1億回繰り返す)を心の中で連発していた小生であるが、加納幸和さんはやっぱりさすがで、そんな芝居の中で自分が紋切り型に落ち込まずにこらえる術を心得ている。
戯曲そのものは、上手く料理すればチェーホフばりの悲喜劇に作れなくはない原作だったのではないかと想像されたが、やるせな~い感じばかりが前面に出て、役者のせいもあって一本調子。苦笑を誘ったであろうシーンも死んでいた。まぁ、ひょっとすると、もとの戯曲がこの公演よりももっとひどい「階級差別はんた~い」型ご教訓戯曲で、それをここまで持ってくるのさえすっごく苦労したんだよ、ということかもしれない。いずれにせよ、加納さんの良さがよく分かった芝居だった。
和田憲明演出の芝居未見であること、戦前の戯曲の翻案であること、加納さんが出演していること、その3点が今回の興味。
幕前、ウッドベースの「ジャジーな」雰囲気を強調した音楽が流れて、
「これは、ひょっとすると、オフビートでくら~くてやるせな~い話になりますよ~、というサインなのか」
と、紋切り型の嵐が吹く予感に襲われる。
開演すると案の定の展開で、ポイントとなる台詞が発せられると「こーーん」という、「ハイ、皆さん、ここ、ポイントです」な効果音が流れる分かりやすさ。女優と若い男優の紋切り型にはダメだダメだダメだダメだ(この後1億回繰り返す)を心の中で連発していた小生であるが、加納幸和さんはやっぱりさすがで、そんな芝居の中で自分が紋切り型に落ち込まずにこらえる術を心得ている。
戯曲そのものは、上手く料理すればチェーホフばりの悲喜劇に作れなくはない原作だったのではないかと想像されたが、やるせな~い感じばかりが前面に出て、役者のせいもあって一本調子。苦笑を誘ったであろうシーンも死んでいた。まぁ、ひょっとすると、もとの戯曲がこの公演よりももっとひどい「階級差別はんた~い」型ご教訓戯曲で、それをここまで持ってくるのさえすっごく苦労したんだよ、ということかもしれない。いずれにせよ、加納さんの良さがよく分かった芝居だった。
怒りは目を曇らせる
この、アーバイン・ウェルシュという男、本当にたいしたヤツである。
Trainspottingの原作者、というとイメージ沸くかもしれないが。
http://books.guardian.co.uk/departments/generalfiction/story/0,,2280915,00.html
以下、彼によるところの、ブチぎれる時の黄金ルール:
①ムリに自分の感情・憎しみを高めようとしたりするな。
・・・怒るなら、真摯に、心の底から、怒れ。
②あんまりちっちゃなことに目くじら立てると、てめえがちっちゃく見られるぜ。
・・・道路政策に怒る時に、駐車違反取締りのお兄ちゃん(おじいちゃん)にあたっちゃいかん。
③怒りにはきちんとした理由があること。
・・・怒りにはそれなりの報いが来る。それを受け入れられるか?
④常に引き際を用意しておけ。
・・・キミがいくら怒ったところで、目の前の人間を変えられる訳はないのだ。常に引くタイミングを意識しとけ。
⑤接触プレーに際しては、掴んだり押したりするな。殴れ。あるいは頭突きしろ。
・・・まあ、その結果、ルール③が適用されて3日後に病院で目を覚ましても俺は知らん。
この男が信用できると思ったのは、
「この俺にしても、やっぱり相手を見て怒り方決めてたりするんだよね」
という一言である。こいつ、冷静だよ。
みなさまには、Thich Nhat Hanhの「怒り」をあわせて読むことをお奨めしますです。
Trainspottingの原作者、というとイメージ沸くかもしれないが。
http://
以下、彼によるところの、ブチぎれる時の黄金ルール:
①ムリに自分の感情・憎しみを高めようとしたりするな。
・・・怒るなら、真摯に、心の底から、怒れ。
②あんまりちっちゃなことに目くじら立てると、てめえがちっちゃく見られるぜ。
・・・道路政策に怒る時に、駐車違反取締りのお兄ちゃん(おじいちゃん)にあたっちゃいかん。
③怒りにはきちんとした理由があること。
・・・怒りにはそれなりの報いが来る。それを受け入れられるか?
④常に引き際を用意しておけ。
・・・キミがいくら怒ったところで、目の前の人間を変えられる訳はないのだ。常に引くタイミングを意識しとけ。
⑤接触プレーに際しては、掴んだり押したりするな。殴れ。あるいは頭突きしろ。
・・・まあ、その結果、ルール③が適用されて3日後に病院で目を覚ましても俺は知らん。
この男が信用できると思ったのは、
「この俺にしても、やっぱり相手を見て怒り方決めてたりするんだよね」
という一言である。こいつ、冷静だよ。
みなさまには、Thich Nhat Hanhの「怒り」をあわせて読むことをお奨めしますです。
登録:
投稿 (Atom)