開演前、当日パンフを読んでいて打ちのめされる。
石橋蓮司・柄本明のゴドー待ちが2000年に上演されていた!
あぁ、見逃した。
もし、ゴゴーが荒井注だったら、悔しさのあまりその場で死んでたと思う。と、気を取り直す。
で、本題。
柄本さんのクロヴ、手塚氏のハム。
前に観たバージョンはLee Evansのクロヴ、Michael Gambonのハム。
柄本さんのクロヴ、頭良さそう。柄本S、手塚M。
Lee Evansのクロヴ、頭は悪いが素直がとりえ。EvansのM、GambonはS。
柄本クロヴ、Evansクロヴよりも重量級。
手塚ハム、Gambonハムよりも軽量級。
勝手なことを言えば、重量級同士の戦いが見れたらな。
と思いますが、それで芝居のリズムがどうなるかはわからない。ただ、クロヴが拍子をとる、というのは悪くない。
(その代り、ハム独台詞の時はちょっとつらいかも)
ハムの台詞の翻訳、苦労が見える。どうすれば、本来英語の台詞なら役者に任せておけた部分を、日本語の台本に置き換えるか。悪い翻訳とは口が裂けてもいえないが、でも、ハムは苦労してましたね。結果も60点だし。
それで、クロヴの居るシーンで拍子を取ろうとしてしまう。
難しいですね。むしろ、「王様風」のところを全部いわゆる「現代口語」にして割り切って、思いっきり年齢のいった役者を使う、というのではどうか、などと考えながら観てました。
途中僕の両脇ともに居眠り、無理もないか?
水準以上の芝居。柄本さんすごい。でも、その2つとも、実は予想の範囲内なんですよね。趣向を上回る驚きはありませんでした。
2006年9月24日日曜日
パラドックス定数 38℃
1時間半、男7人のテンション芝居。
このテの芝居は20年ぶりくらいに観るので、ちょっと緊張していましたが、時計を見ずに最後まで一気に観れました。
作・演出が、絶叫芝居にならないように、でも、あんまりペースが緩み過ぎないように、よく考えられていたからだと思います。
最初は、30億円で細菌テロはなしよ、なーんて思いながら観てましたが、ギアが入るにつれてふと気がつくと芝居が収束しようとしていて、「やられた」と。
役者の皆さんも、「直球しか投げない人」「変化球投げる人」役割分担と見え方を意識して場を作ってました。それも良し。
もちろん、みんな、140kmのタマ投げれるんだよね。力あるのも良し。
仲間割れのようで仲間割れでない、真っ向勝負のようで真っ向勝負でない、そのバランスを理解する作者・演出・役者にとってもセンスを感じました。
一つ気に掛かるのは、やはり、「この芝居の決まり事は何か」ということ。具体的には、舞台と客席の仕切り。
「ある程度だけ」客席に開かれた空間を作るのには、2つのリスクがある。
・観客は、自分の置かれたシチュエーションに対し「どう反応することを演出に求められているか」について、ちょっと困ってしまう(細菌テロの演技 に対して、作り事だといって笑い出しちゃう人も、本当に怖くなって逃げ出す人も、「決まり事が共有されない」状態では、起こりうるリスクだと思います)。
そこらへんのうにょうにょの処理が大変上手なのが、CompliciteのSimon McBurneyだと、僕は思っていますが。
・役者は、何を意識して場を作ればよいのか、悩んだりしませんか?客席に公開講座のパンフを置いて見せたりする割には、どうも、役者は、自分たちを取り囲んでいる人々の反応については、①無頓着 あるいは ②無対象演技 を求められていたような気がする。
勿体無い。
是非、密室劇に書き直して、再演していただきたい。
そうして、作者は自分をもっと追い込んで頂きたい。演出は役者をもっともっと追い込んで頂きたい。
役者はその追い込みに耐えられる良い役者揃ってたと思います。
あ、大塚さん、前宣伝どおり、かっこよかったですよ。
また、どこかの劇場でお会いしましょう。
このテの芝居は20年ぶりくらいに観るので、ちょっと緊張していましたが、時計を見ずに最後まで一気に観れました。
作・演出が、絶叫芝居にならないように、でも、あんまりペースが緩み過ぎないように、よく考えられていたからだと思います。
最初は、30億円で細菌テロはなしよ、なーんて思いながら観てましたが、ギアが入るにつれてふと気がつくと芝居が収束しようとしていて、「やられた」と。
役者の皆さんも、「直球しか投げない人」「変化球投げる人」役割分担と見え方を意識して場を作ってました。それも良し。
もちろん、みんな、140kmのタマ投げれるんだよね。力あるのも良し。
仲間割れのようで仲間割れでない、真っ向勝負のようで真っ向勝負でない、そのバランスを理解する作者・演出・役者にとってもセンスを感じました。
一つ気に掛かるのは、やはり、「この芝居の決まり事は何か」ということ。具体的には、舞台と客席の仕切り。
「ある程度だけ」客席に開かれた空間を作るのには、2つのリスクがある。
・観客は、自分の置かれたシチュエーションに対し「どう反応することを演出に求められているか」について、ちょっと困ってしまう(細菌テロの演技 に対して、作り事だといって笑い出しちゃう人も、本当に怖くなって逃げ出す人も、「決まり事が共有されない」状態では、起こりうるリスクだと思います)。
そこらへんのうにょうにょの処理が大変上手なのが、CompliciteのSimon McBurneyだと、僕は思っていますが。
・役者は、何を意識して場を作ればよいのか、悩んだりしませんか?客席に公開講座のパンフを置いて見せたりする割には、どうも、役者は、自分たちを取り囲んでいる人々の反応については、①無頓着 あるいは ②無対象演技 を求められていたような気がする。
勿体無い。
是非、密室劇に書き直して、再演していただきたい。
そうして、作者は自分をもっと追い込んで頂きたい。演出は役者をもっともっと追い込んで頂きたい。
役者はその追い込みに耐えられる良い役者揃ってたと思います。
あ、大塚さん、前宣伝どおり、かっこよかったですよ。
また、どこかの劇場でお会いしましょう。
龍昇企画 真夜中のマクベス
芝居が終わって最初に考えたこと。
「オレ、すごく年取ったのかな?時間の進み方が速過ぎる」
1時間半、あっという間でした。
逆に、食い足りなかったのか?正直、もうちょっと観ていたかったですね。
小生、不勉強ですので、漱石の行人、読んでおりません。
マクベスと並んでどこでどうモチーフとして使われているのか、分かりませんので、そこら辺は飛ばして、思ったのは、
舞台での時間の流し方は、どこでどうやったら成立し、どうしたら失敗するのだろう?
特に、連続しない数多くのシーンの積み重ねで一つのイメージを紡いでいく芝居は、失敗する確率高いと思っていたのに、あっさり上手くいっていることで、小生、混乱しました。
役者の年季?見せ方?
本当にそうなのかな?
もっともっと芝居を観ないと。そして考えないと。
「オレ、すごく年取ったのかな?時間の進み方が速過ぎる」
1時間半、あっという間でした。
逆に、食い足りなかったのか?正直、もうちょっと観ていたかったですね。
小生、不勉強ですので、漱石の行人、読んでおりません。
マクベスと並んでどこでどうモチーフとして使われているのか、分かりませんので、そこら辺は飛ばして、思ったのは、
舞台での時間の流し方は、どこでどうやったら成立し、どうしたら失敗するのだろう?
特に、連続しない数多くのシーンの積み重ねで一つのイメージを紡いでいく芝居は、失敗する確率高いと思っていたのに、あっさり上手くいっていることで、小生、混乱しました。
役者の年季?見せ方?
本当にそうなのかな?
もっともっと芝居を観ないと。そして考えないと。
2006年9月18日月曜日
リール近代美術館展
「ピカソとモディリアーニの時代」と銘打ってある。
小生、ミーハーなので、モディリアーニのなで肩を見ようということで、朝一番で行ってきた。
・生まれて初めてブラックの絵が好きになりました。
・その隣にピカソの絵が掛かっていて、やはり、いかにもスカした絵でした。ピカソはすごい人です。
・「あぁ、この絵は綺麗だな」と思って近寄ると、カンディンスキでした。隣にクレーが掛かっていた。館内で一番気持ちの良い場所だった。またベルンに行きたくなった。
肝心のモディリアーニですが、自分がモディリアーニの絵が好きだということは再確認できたけれども、キュビズムの絵と合わせて見たこともあり、余計なことばかり考えてしまい、今ひとつ楽しめなかった。
細かいところは飛ばすが、「あぁ、いいなぁ」と思う絵と、その全体の印象を支える詳細(おそらくかなり技術的なこと)とのリンクが、自分には全く欠けているということ。
それは、「いい芝居」と、それを支える細かな役者の動きや集中の勘所、とのリンクと並べて考えられるだろうか?
等と考えていたら、疲れた。
余談ながら、美術館は女性がもっとも美しく見える場所のひとつだと、小生信じているのですが、今日は何だか、違ったな。
小生、ミーハーなので、モディリアーニのなで肩を見ようということで、朝一番で行ってきた。
・生まれて初めてブラックの絵が好きになりました。
・その隣にピカソの絵が掛かっていて、やはり、いかにもスカした絵でした。ピカソはすごい人です。
・「あぁ、この絵は綺麗だな」と思って近寄ると、カンディンスキでした。隣にクレーが掛かっていた。館内で一番気持ちの良い場所だった。またベルンに行きたくなった。
肝心のモディリアーニですが、自分がモディリアーニの絵が好きだということは再確認できたけれども、キュビズムの絵と合わせて見たこともあり、余計なことばかり考えてしまい、今ひとつ楽しめなかった。
細かいところは飛ばすが、「あぁ、いいなぁ」と思う絵と、その全体の印象を支える詳細(おそらくかなり技術的なこと)とのリンクが、自分には全く欠けているということ。
それは、「いい芝居」と、それを支える細かな役者の動きや集中の勘所、とのリンクと並べて考えられるだろうか?
等と考えていたら、疲れた。
余談ながら、美術館は女性がもっとも美しく見える場所のひとつだと、小生信じているのですが、今日は何だか、違ったな。
2006年9月17日日曜日
東京タンバリン ワルツ
面白かった。まずは、素直に。
・先週との連関が分かった、謎解きの楽しみ
・高井さんのタッチ、悪くないです
が、
先週の「立待月」の方が面白かった。
なぜでしょうか?
1. 先週が姉妹の芝居で今週が汗臭い男の話だから。
2. 「ワルツ」の方が、冒頭5分で全貌が予測でき、展開がそれを上回れなかったから
3. ラストがどうなるかを実は先週「隣から聞いていた」から
4. ワキ役の使い方が、先週の芝居の方がよかったから
5. ストーリーラインが太く書かれ過ぎて、ディテールを観れなくなってしまうから
うーむ、分からん。
でも、楽しみました。ガチンコで観れたし。満腹です。
・先週との連関が分かった、謎解きの楽しみ
・高井さんのタッチ、悪くないです
が、
先週の「立待月」の方が面白かった。
なぜでしょうか?
1. 先週が姉妹の芝居で今週が汗臭い男の話だから。
2. 「ワルツ」の方が、冒頭5分で全貌が予測でき、展開がそれを上回れなかったから
3. ラストがどうなるかを実は先週「隣から聞いていた」から
4. ワキ役の使い方が、先週の芝居の方がよかったから
5. ストーリーラインが太く書かれ過ぎて、ディテールを観れなくなってしまうから
うーむ、分からん。
でも、楽しみました。ガチンコで観れたし。満腹です。
2006年9月16日土曜日
風神雷神図屏風
出た、「かぜひいてまんねん」、の風神様。
こいつはいっちょ見ときますか、という位の軽ーい気持ちで参りましたが。
ブン、と来た。
俵屋宗達。すごい絵描きなのかどうかは勉強不足で知らないが、この風神雷神図はすごい。ガラス窓の向こうで風が吹いているのを感じた。
って、クサい役者のクサい演技に騙られて吹いてもいない風を感じる(と勘違いする)アホな客のようだが。でも、そんな風に感じたのだからしょうがない。玄人の方、どうぞ笑ってください。
こんな絵が初っ端に出てきては、後に出てくる絵は分が悪い。光琳の風神雷神図、何だかうっすらとちんまりまとまって、風、やみました。抱一になると、これではどっちかというと薬屋の登録商標に近い。こりゃ最初の一枚だけかい、と思った矢先、
気合の入った紅白梅図。息を呑んだ(本当に、我ながら陳腐だと思うが、本当に息を呑んだのだからしょうがない)。抱一の気合みなぎる。いや、しか し一層気合みなぎると感じたのは燕子花図。商業デザイナー抱一の面目躍如、画面を斜めに突っ切る流しソーメン!!そこにグサグサとぶっきらぼうに、おしゃ れに立ち並ぶ花々は!
抱一のこの割り切りは、風神だの雷神だのを寄せ付けないモダンな眼のなせる業かと。
で、一体尾形光琳というのはどんな人なのか?ほんとーに、勉強不足ですみません。宗達以降3人並ぶと、何だか影の薄い次男坊みたいだが、いやいやどうして、
出口に一番近いところの掛け軸3点セット。布袋と松・梅、ああ、こんな絵が欲しい。と思ってしまう。すごい切れ味です。
いやいや、本当にすばらしい絵って、あるんですね。
時間のある方は絶対、ない方も是非時間を作って、どうぞ。
息つく間を与えない、すばらしい展示だったと思います。
こいつはいっちょ見ときますか、という位の軽ーい気持ちで参りましたが。
ブン、と来た。
俵屋宗達。すごい絵描きなのかどうかは勉強不足で知らないが、この風神雷神図はすごい。ガラス窓の向こうで風が吹いているのを感じた。
って、クサい役者のクサい演技に騙られて吹いてもいない風を感じる(と勘違いする)アホな客のようだが。でも、そんな風に感じたのだからしょうがない。玄人の方、どうぞ笑ってください。
こんな絵が初っ端に出てきては、後に出てくる絵は分が悪い。光琳の風神雷神図、何だかうっすらとちんまりまとまって、風、やみました。抱一になると、これではどっちかというと薬屋の登録商標に近い。こりゃ最初の一枚だけかい、と思った矢先、
気合の入った紅白梅図。息を呑んだ(本当に、我ながら陳腐だと思うが、本当に息を呑んだのだからしょうがない)。抱一の気合みなぎる。いや、しか し一層気合みなぎると感じたのは燕子花図。商業デザイナー抱一の面目躍如、画面を斜めに突っ切る流しソーメン!!そこにグサグサとぶっきらぼうに、おしゃ れに立ち並ぶ花々は!
抱一のこの割り切りは、風神だの雷神だのを寄せ付けないモダンな眼のなせる業かと。
で、一体尾形光琳というのはどんな人なのか?ほんとーに、勉強不足ですみません。宗達以降3人並ぶと、何だか影の薄い次男坊みたいだが、いやいやどうして、
出口に一番近いところの掛け軸3点セット。布袋と松・梅、ああ、こんな絵が欲しい。と思ってしまう。すごい切れ味です。
いやいや、本当にすばらしい絵って、あるんですね。
時間のある方は絶対、ない方も是非時間を作って、どうぞ。
息つく間を与えない、すばらしい展示だったと思います。
2006年9月11日月曜日
パパ・タラフマラ 僕の青空
うむ、すごく、カッコいいぞ。
でも、実は、そのカッコいいパフォーマンスを観ながら、僕がずっと考えてたのは、
「パパ・タラフマラの決まり事って何だろう?」
ということなのです。
決まり事を知らない、僕にとっては、
カッコいい男女4人組が、すごく気持ちよさげに体を動かして、歌を歌って、笑っているのが見える。
で、そこが僕の限界。そこで、何と愚かなことに、このパフォーマンスの座標(=フレーム。物語なのか、テーマなのか、それはよく表現できないが)を見つけ出そうとして、ドツボにはまってしまったのです。
で、男女関係とか、泥棒稼業とか、そういう、陳腐なフレームが与えられると、
「あぁ、陳腐」
と思ってしまうのが僕の限界で、本当は、パパ・タラフマラのパフォーマーたちは勿論、何度もパパ・タラフマラを観に来ている人たちは、きっと、
「そんな陳腐なフレームはたいしたことではない。それは軽く笑い飛ばしたところで楽しまないと」
って思ってるんだろう。
そういう、カッコいい決まり事が共有できない自分が、ちょっとみじめな気持ちである。
(読み返すと、すっごく嫌味な文句に読める。でも、そんなつもりじゃないんです。ホント。踊れないやつがナイトクラブに行って、踊れるやつのことを僻んでるとか、そういうレベルです)
1995年のマクベスを観た時(それが今まで観た唯一のパパ・タラフマラの舞台だったのですが)の衝撃は、今でも忘れられない。
ひょっとすると、そのときには、「マクベス」という、僕も共有できる「決まり事」があったから(そして、パフォーマンスが、その決まり事にグイッと切り込んでいったから)、安心して観れたのかもしれない。
「僕の青空」カッコいい。でも、僕はちょっと居心地悪かった。
パパ・タラフマラ、また舞台観にお邪魔すると思います。
でも、「僕の青空」の再演には行かないと思う。
でも、実は、そのカッコいいパフォーマンスを観ながら、僕がずっと考えてたのは、
「パパ・タラフマラの決まり事って何だろう?」
ということなのです。
決まり事を知らない、僕にとっては、
カッコいい男女4人組が、すごく気持ちよさげに体を動かして、歌を歌って、笑っているのが見える。
で、そこが僕の限界。そこで、何と愚かなことに、このパフォーマンスの座標(=フレーム。物語なのか、テーマなのか、それはよく表現できないが)を見つけ出そうとして、ドツボにはまってしまったのです。
で、男女関係とか、泥棒稼業とか、そういう、陳腐なフレームが与えられると、
「あぁ、陳腐」
と思ってしまうのが僕の限界で、本当は、パパ・タラフマラのパフォーマーたちは勿論、何度もパパ・タラフマラを観に来ている人たちは、きっと、
「そんな陳腐なフレームはたいしたことではない。それは軽く笑い飛ばしたところで楽しまないと」
って思ってるんだろう。
そういう、カッコいい決まり事が共有できない自分が、ちょっとみじめな気持ちである。
(読み返すと、すっごく嫌味な文句に読める。でも、そんなつもりじゃないんです。ホント。踊れないやつがナイトクラブに行って、踊れるやつのことを僻んでるとか、そういうレベルです)
1995年のマクベスを観た時(それが今まで観た唯一のパパ・タラフマラの舞台だったのですが)の衝撃は、今でも忘れられない。
ひょっとすると、そのときには、「マクベス」という、僕も共有できる「決まり事」があったから(そして、パフォーマンスが、その決まり事にグイッと切り込んでいったから)、安心して観れたのかもしれない。
「僕の青空」カッコいい。でも、僕はちょっと居心地悪かった。
パパ・タラフマラ、また舞台観にお邪魔すると思います。
でも、「僕の青空」の再演には行かないと思う。
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