さかもっちが元気に芝居してるか、それを確かめたくて、というのが、他の皆様には大変失礼ながら、ザ・ポケットに当日券でお邪魔した第1の理由でしたが。
いや、本当に、失礼いたしました。
芝居、大変面白かったです。
お話は、「百鬼夜行抄」みたいな、妖怪と式神と中学生と近所の人たちの話。
失われていくコミュニティへの郷愁、というような、あまりにもあからさまで朝日新聞受けしそうなものはおいとくとしても、
(誤解しないでください。それがよくない、っていってるのではなくて、朝日新聞みたいに、そこしか見ない人たちがいるとやだな、ということです)
引き込まれて最後まできちんと観てしまうのは、なぜだろう?
多分、役者の集中のしどころが、正しいから?かな?
自立不能舞台装置システムも、この劇団の舞台の上ではワークしてたし、
えーと、そう、一幕ものに拘らずとも、舞台上の時間を思うように、かつ見苦しくなく流していける、というのが、とっても観てて嬉しかったんですね。
テンポ良く進めるために、役者は、きっと余計なことを考えたりしたりする余裕があんまりなかったんじゃないかと。
それも良かった。
観後感、良し。気持ちよく帰りました。
あ、いい忘れてましたが、さかもっち、かっこいい役でした。
元気そうで、本当に、何よりでした。
2006年9月11日月曜日
2006年9月10日日曜日
東京タンバリン 立待月
旗揚げを観て以来、久しぶりにお邪魔しました。
面白い。
・役者が達者。どれくらいやるとやりすぎで興ざめか、どれくらいやらないと退屈するか、というレベル感について、
①役者が分かっているか、②演出が行き届いているか、
のどちらか。
・舞台上でリアルであるかのように時間を運ぶことと、舞台上のことはウソンコであることについて、整理がついている。
・で、一番のポイントは、「そこらへんのスィートスポットが、評者と非常に良く似ている」ということでした。
言い方を変えると、「この芝居の作・演出者が、芝居を見始めたり、自分で始めたり、問題意識を持ったり、という生い立ちが、自分のケースとそっくりなのではないか」。
たとえて言うと、あるバンドのギター聞いてて、「あ、こいつ、ジミーページ好きだったんだろうーな。で、一時期ウェザーリポートばっかり聞いてたこともあっただろ!」というような。あんまり他の人に言えないような。
これ、面白いんだけど、かつ、非常に気にかかることでもある。というのは、あまりにも自分のツボにはまった芝居については、「他の人に薦められるか」を冷静に語れないから。
もう一つ気にかかること。この芝居に限ったことではないが。
最近観る芝居、登場人物に悪人多すぎませんか?
「悪人」ってのは違うな。そうだ。作者が、ネガティブな印象を持って興味を持っている人。
面白いんだけど、エッジが効きすぎてておじさんにはちょっとつらい。
平田風に言えば、(自称・他称)善人の、自分では気がつかない、いや、本当は気がついてるんだけどいわない、そういう悪意。
表には出ていないんだけど、従って、セリフや行動では見えないんだけど、芝居観終わって20分くらいして、客が「あ、あの人、ひょっとするとこういう人だったのかもしれない」と思っちゃうような、そういう悪意とか、真意というもの。
そんなのがもっとみれたらなー、と、ちょっと思いました。
なので、来週も「隣の男」の方を観に行きます。期待度大。
「隣舞台同時上演」の趣向についても、両方見終わってから書きます。
あ、少なくとも一ついえるのは、「こっちだけ観ても十分OK」。
面白い。
・役者が達者。どれくらいやるとやりすぎで興ざめか、どれくらいやらないと退屈するか、というレベル感について、
①役者が分かっているか、②演出が行き届いているか、
のどちらか。
・舞台上でリアルであるかのように時間を運ぶことと、舞台上のことはウソンコであることについて、整理がついている。
・で、一番のポイントは、「そこらへんのスィートスポットが、評者と非常に良く似ている」ということでした。
言い方を変えると、「この芝居の作・演出者が、芝居を見始めたり、自分で始めたり、問題意識を持ったり、という生い立ちが、自分のケースとそっくりなのではないか」。
たとえて言うと、あるバンドのギター聞いてて、「あ、こいつ、ジミーページ好きだったんだろうーな。で、一時期ウェザーリポートばっかり聞いてたこともあっただろ!」というような。あんまり他の人に言えないような。
これ、面白いんだけど、かつ、非常に気にかかることでもある。というのは、あまりにも自分のツボにはまった芝居については、「他の人に薦められるか」を冷静に語れないから。
もう一つ気にかかること。この芝居に限ったことではないが。
最近観る芝居、登場人物に悪人多すぎませんか?
「悪人」ってのは違うな。そうだ。作者が、ネガティブな印象を持って興味を持っている人。
面白いんだけど、エッジが効きすぎてておじさんにはちょっとつらい。
平田風に言えば、(自称・他称)善人の、自分では気がつかない、いや、本当は気がついてるんだけどいわない、そういう悪意。
表には出ていないんだけど、従って、セリフや行動では見えないんだけど、芝居観終わって20分くらいして、客が「あ、あの人、ひょっとするとこういう人だったのかもしれない」と思っちゃうような、そういう悪意とか、真意というもの。
そんなのがもっとみれたらなー、と、ちょっと思いました。
なので、来週も「隣の男」の方を観に行きます。期待度大。
「隣舞台同時上演」の趣向についても、両方見終わってから書きます。
あ、少なくとも一ついえるのは、「こっちだけ観ても十分OK」。
2006年9月9日土曜日
エコノミスト誌に腐女子登場
仕事柄、英誌エコノミストは毎週読んで、日本関連の記事は必ずチェックしてますが、
何と、今日届いたエコノミスト誌、唯一の日本関連の記事は:
Kick-ass Maidens
でした。
細かいことは、わしは知らん。
ただ、世界を代表する経済雑誌Economist誌の記事の中に、
"fujoshi = rotten ladies" とか、"boys love" とか "dojinshi" とか "butler's cafe" とか、
次は"Schoolboy Cafe"だ、とか。
書いてあった。
ご興味ある方は、Economist誌9月2日号、ご購入ください。
後は任せます。
何と、今日届いたエコノミスト誌、唯一の日本関連の記事は:
Kick-ass Maidens
でした。
細かいことは、わしは知らん。
ただ、世界を代表する経済雑誌Economist誌の記事の中に、
"fujoshi = rotten ladies" とか、"boys love" とか "dojinshi" とか "butler's cafe" とか、
次は"Schoolboy Cafe"だ、とか。
書いてあった。
ご興味ある方は、Economist誌9月2日号、ご購入ください。
後は任せます。
2006年9月3日日曜日
だだもれですみません
ある程度予想していたことですが、
妻子がロンドンに帰った途端に日記・レビューの数が増えた。
ほぼ、だだ漏れ状態です。
やはり、まあ、映画や、音楽や、芝居、は、近い人と一緒に行って、終演後や、聞き終わった後や、そんなときに、良いだの悪いだの、うなづきあったり喧嘩したりするのが良いんですな。
手前味噌で申し訳ないが、うちの嫁さんと娘は、そういうことをしてて最高の人たちであることは間違いない。
で、その相手がいないもんだから、こうやってだだ漏れになる、と。
仕事が殺人的になるとか、また家族と一緒になるとか、それまでの間は、しばらくご辛抱ください(って、誰が読んでるわけでもないだろうけれど)。
妻子がロンドンに帰った途端に日記・レビューの数が増えた。
ほぼ、だだ漏れ状態です。
やはり、まあ、映画や、音楽や、芝居、は、近い人と一緒に行って、終演後や、聞き終わった後や、そんなときに、良いだの悪いだの、うなづきあったり喧嘩したりするのが良いんですな。
手前味噌で申し訳ないが、うちの嫁さんと娘は、そういうことをしてて最高の人たちであることは間違いない。
で、その相手がいないもんだから、こうやってだだ漏れになる、と。
仕事が殺人的になるとか、また家族と一緒になるとか、それまでの間は、しばらくご辛抱ください(って、誰が読んでるわけでもないだろうけれど)。
経済とH 北限の猿
芝居は、一つの空間(場)、を、一定の時間、スピードをコントロールしながら(特に平田戯曲なら、1秒=1秒でゆっくりと)、過不足無く、推し進めなくては、成立しない。それを、目を詰めて織り上げていくのが、演出・役者の仕事である。
ということに、無自覚なように思いました。
役者という生き物は、放っておくと余計なことをして、「場を織り上げる」ことに無頓着になっちまう傾向がある、というのも、改めて分かりました。
もちろん、良い役者、悪い役者、いましたが、このテの芝居では個々の役者の出来不出来は小さな問題であって、オーケストレーションの問題ですから。つまり、演出に問題がある、ちゅうことですか。
加えて、初演のときに自分が如何にダメだったか、ということも思い出して、それにも参った。
ということに、無自覚なように思いました。
役者という生き物は、放っておくと余計なことをして、「場を織り上げる」ことに無頓着になっちまう傾向がある、というのも、改めて分かりました。
もちろん、良い役者、悪い役者、いましたが、このテの芝居では個々の役者の出来不出来は小さな問題であって、オーケストレーションの問題ですから。つまり、演出に問題がある、ちゅうことですか。
加えて、初演のときに自分が如何にダメだったか、ということも思い出して、それにも参った。
2006年9月2日土曜日
二騎の会 直線
酔いが醒めましたので、大幅に修正します。
当たり。
土曜日の晩に良い芝居を観ることができて、幸せでした。
他のもっとつまんない芝居を観てフラストしてる方々、是非こちらへどうぞ。
芝居を観る快楽というのは、ストーリーを追うとか、感情移入して大泣きするとか、しみじみ考えさせられるとか、そういうところには、実は、無い。
「その場に居合わせること」の快楽である、と、これから2,3日は言い続けたくなるくらい、心地よかった。演出・役者にやられっぱなしでした。
じゃあ、個々のシーンが良ければそれでよし、という訳でもなくて、それが念入りに織り上げられて、幕が上がってから終演まで、きちんと時間が流れることも大事ですよね(そうでないと、「居合わせている」感覚に水が差されてしまうので)。
それが、戯曲として、きちんとできていれば、良し。
その点も良かった。
それじゃ、戯曲は演出の邪魔をしなければそれで良いのか。
いやいや、ゴドー待ちのように演出が余計なことをしたくなる衝動を一切拒否するような、完璧な戯曲もあるし。
今回は演出をとても褒めたいですが、が、演出が使ってみたくなる戯曲って、素晴らしいですよ。
当たり。
土曜日の晩に良い芝居を観ることができて、幸せでした。
他のもっとつまんない芝居を観てフラストしてる方々、是非こちらへどうぞ。
芝居を観る快楽というのは、ストーリーを追うとか、感情移入して大泣きするとか、しみじみ考えさせられるとか、そういうところには、実は、無い。
「その場に居合わせること」の快楽である、と、これから2,3日は言い続けたくなるくらい、心地よかった。演出・役者にやられっぱなしでした。
じゃあ、個々のシーンが良ければそれでよし、という訳でもなくて、それが念入りに織り上げられて、幕が上がってから終演まで、きちんと時間が流れることも大事ですよね(そうでないと、「居合わせている」感覚に水が差されてしまうので)。
それが、戯曲として、きちんとできていれば、良し。
その点も良かった。
それじゃ、戯曲は演出の邪魔をしなければそれで良いのか。
いやいや、ゴドー待ちのように演出が余計なことをしたくなる衝動を一切拒否するような、完璧な戯曲もあるし。
今回は演出をとても褒めたいですが、が、演出が使ってみたくなる戯曲って、素晴らしいですよ。
双数姉妹 トリアージ
日本に帰ってきてから、面白くない芝居は観ていない、むしろ、観る芝居観る芝居、できの良い悪いは別として、ぜーんぶ面白く観てきたのですが、
この芝居は、掛け値なしに面白くなかった。
プラス点
・ミュージカルの劇中挿入歌が、どうやって芝居にインチキ臭さを持ち込むのかについて、小劇場の場で分かりやすく観客に説明した。
・ネタバレっぽいので言わないが、もうひとつあった。
マイナス点
たくさんありまっせ。ここでは言わないけど。
ということですが、お客さんは満杯。さすがシアタートップス。で、こういう芝居を観て興奮したり、救われたり、元気が出たり、パートナーといい雰囲気になったり、社会正義に燃えたり、そういう方も沢山いるんだろうな、と思って、
世を拗ねる自分の態度がやになったりもする。少しだけ。
この芝居は、掛け値なしに面白くなかった。
プラス点
・ミュージカルの劇中挿入歌が、どうやって芝居にインチキ臭さを持ち込むのかについて、小劇場の場で分かりやすく観客に説明した。
・ネタバレっぽいので言わないが、もうひとつあった。
マイナス点
たくさんありまっせ。ここでは言わないけど。
ということですが、お客さんは満杯。さすがシアタートップス。で、こういう芝居を観て興奮したり、救われたり、元気が出たり、パートナーといい雰囲気になったり、社会正義に燃えたり、そういう方も沢山いるんだろうな、と思って、
世を拗ねる自分の態度がやになったりもする。少しだけ。
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